明珍宗理 ギャラリーカフェ作家
国宝・姫路城(兵庫県姫路市)を南西に望む工房から、槌(つち)音が響く。
甲冑(かっちゅう)師として、姫路藩主の酒井家に仕えてきた明珍(みょうちん)家。その52代目当主である。コークスが熾(おこ)る窯から、真っ赤に焼いた鋼の棒を取り出しては、重さ1キロほどの槌を振り上げ、打ち下ろす。鋼材はやがて、澄んだ音色で知られる「火箸(ひばし)風鈴」に姿を変えていく。
 火箸を風鈴にすることは、明珍宗理が考案した。類似品も出回るものの、スズムシの鳴き声を思わせる、その涼やかな音はまねられない。「大学の先生がレントゲンや電子顕微鏡で見たりもしたけど(音色の秘密は)わからんかった」と、本人は笑う。
明珍家は京や江戸に居を構えていたが、18世紀に大名の酒井氏とともに姫路に移った。かつては各地から門人が集まったというが、現在は家族で工房を支えている。
火箸は千利休(1522〜91)から茶室用に注文を受けたという説もあるブランド品。志賀直哉(1883〜1971)の小説「暗夜行路」でも「明珍の火箸は宿で売ると聞いて……」と書かれた。
 火箸風鈴は30年前に高島屋大阪店(大阪市中央区)の「日本の伝統展」で紹介され、広く知れ渡った。シンセサイザー奏者の冨田勲(74)がテレビ番組のテーマ曲でその音を採用したり、音響メーカーがマイクの音質検査に使ったりと、音の“プロ”の評価も高い
私どもとのご縁は古く、現在日笠のギャラリーカフェでは、火箸の他、花器などが彩を添えています。